球磨川と胸川を天然の濠とした人吉城(人吉市麓町)は、鎌倉時代から明治維新までの約700年間、人吉球磨地域を治めた相良家の居城でした。
写真の、平らな石が外側へ向けて張り出した「武者返し」と呼ばれる石垣は、幕末の改築時に欧州の技術である「はね出し工法」によって築かれました。
この工法は、函館の五稜郭や江戸湾台場など日本で数例見られる
ヨーロッパ式の石垣です。

 

※このほど「相良700年が生んだ保守と進取の文化」が「日本遺産」に認定されました。
 「人吉城跡」や「球磨焼酎」もその41件の 構成文化財に含まれています。

 

 

 

 

 

 

Go to top