yohaizeki

明治の初めまで球磨川には定まった表記はなく、求麻、求磨、球磨の文字が使われていました。

昔、八代海に近い球磨川の川岸に住んでいた人々が、川上から流れてくる麻の葉を見て驚きました。

それは、野生の葉が枯れて流れてきたものではなく、明らかに人の手によって摘み取られた葉であったからです。

それによって人々は、川上に人が住んでいることを知り、麻を求めて尋ね上がったのが「求麻」の文字の由来と伝えられていますが、これと同じ話は、伝説として日本の各地に存在しています。

写真は、球磨川の下流域にある八代市の遥拝堰です。ここから約50km遡ると人吉市に着きます。当社の焼酎蔵は、更に約15km上流の球磨盆地(東西約30km、南北約15km)のほぼ中央、中球磨と呼ばれる地域にあります。

※遥拝堰・・・八代平野の農業用水及び工業用水の取り入れ口として造られた堰です。

 

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