人吉・球磨盆地の四季をイメージした「田園シンフォニー」の青(夏)と白(白秋)の車両が、球磨川を渡っています。(写真左の方へ走っています)
田園シンフォニーには、青と白のほか、茶(冬)、赤(秋)、ベージュ(春)の3両があります。

※当社へのアクセス (くま川鉄道を利用した場合)
「あさぎり駅」で下車し、徒歩5分程で当社の焼酎蔵に着きます。
 春の休日を古酒や秘蔵酒の試飲・お食事処の食事などで のんびりお過ごしください。
 詳しくは、当社のホームページ「焼酎蔵のご案内」をご覧ください。

 

 

 

 

 

 

写真は、当社の焼酎蔵に隣接する自社梅園です。(撮影 3月2日)
梅園全体では、7分咲というところです。花は、これから見頃を迎えます。
※6月には、この梅園で育った梅の実を収穫し球磨焼酎に仕込みます。
これが、松の泉の「蔵出 梅酒」になります。

 

 

 

 

 

球磨拳(くまけん)は、球磨・人吉で遊ばれている じゃんけんのような拳遊びの一種で、特に酒宴にはつきものです。
1(親指)には2(親指と人差し指)が勝つというように相手よりひとつ大きい数字を出した方が勝ちで、2回続けて負けたらチョク(チョコ)につがれた球磨焼酎を飲み干さねばなりません。
※ただし0(グー)は5(パー)に勝ちます。
相良藩が江戸詰めの時、中間たちが、声も立てずに指拳をして遊んでいたと伝えられています。この中間部屋を「北小屋」と云っていたので、球磨拳は別名「北小屋拳」とも呼ばれているそうです。

 

写真は、相良氏700年の居城、人吉城二の丸跡です。

 

 

 

 

明治の初めまで球磨川には定まった表記はなく、求麻、求磨、球磨の文字が使われていました。

昔・・・八代の海に近い球磨川の川岸に住んでいた人々が、川上から流れてくる麻の葉を見て驚きました。

それは野生の葉が枯れて流れてきたものではなく、明らかに人の手によって摘み取られた葉であったからです。それによって人々は川上に人が住んでいることを知り、麻を求めて尋ね上がったのが「求麻」の文字の由来と伝えられていますが、これと同じ話は伝説として日本各地にあります。

しかし、この話が伝説としても、昔は険しい山々に囲まれた球磨盆地へ外部から容易に入れなかったのは確かなようです。

写真は、球磨盆地を抜け球磨村を流れる球磨川です。川はこの後、山峡を急流となって下り、約50km離れた八代海に注ぎます。

 

 

 

 

「ガラ」と「チョク」は、球磨焼酎伝統の酒器です。
「ガラ」に球磨焼酎を入れ、そのまま火にかけ お燗をし、それを一口分しか入らない小さな盃の「チョク」で飲みます。
球磨・人吉地方では、球磨焼酎を飲みはじめる時には、先ず最初の一杯は、決してそのまま口にもっていかず、いろりで飲む場合は、いろりのすみに、座敷で飲む場合は、床の間のすみに、野外での酒盛りの場合は、座っている場所のどこか適当な所に必ず一滴だけを落としてから口へもっていく・・・
「先ず神様へ捧げてから、おみきをいただく」という信仰からの習慣がありました。こういう信仰の念は「神人合一の境」に至るまでチョクをなめ合う「献酬の習慣」に残されています。チョクを差し出すのに一回では許されず、二回は献杯、返杯をしなくてはなりません。
その積み重ねが「神人合一の境」へ人を入らしめるのだといわれています。

 

 

 

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